大阪露天神社に行ってみた【御朱印あり】


関東在住ですが遠征で大阪の露天神社に行ってきました★

Access

住所:大阪府大阪市北区曽根崎2丁目5番4号
最寄り駅:

  • 大阪市営地下鉄谷町線 東梅田駅
  • 大阪市営地下鉄御堂筋線・阪急電鉄・阪神電鉄 梅田駅
  • 大阪市営地下鉄四ツ橋線 西梅田駅
  • JR 大阪駅
  • JR 東西線 北新地駅

より徒歩5~10分

交番側の商店街の上を見ていると迷わず付けます。

御祭神

少彦名大神(スクナヒコノオオカミ)
大己貴大神(オオナムチノオオカミ)
天照皇大神(アマテラススメオオカミ)
豊受姫大神(トヨウケヒメノオオカ)
菅原道真公(スガワラミチザネコウ)

大阪でも学問の神、菅原道真公は目に留まります٩(ˊᗜˋ*)و 

御利益

諸願成就・良縁祈願・安産祈願・金運上昇など、いろいろ揃ってます(流石、大阪)。外国人客も多いからか、中国語、韓国語、タイ語、英語など多くの外国語で案内があるグローバル神社です★

境内の様子

入口はこじんまりしている感じでしたが中は広いです。歴史を感じるものから恋愛関連で今どきな雰囲気も混在しています(灬º 艸º灬) 

開運稲荷社

御祭神:玉津大神、天信大神、融通大神、磯島大神
御利益:商売繁盛、五穀豊穣、皮膚病治癒

明治42年「北の大火」によって近在各地に祀られていた四社の稲荷社が烏有に帰した。翌明治43年に当社境内地に四社を合祀し御奉斎申し上げた。
古くは皮膚病の治癒を願って「鯰」の絵馬が多数掛けられ、お百度を踏む人々で混みあうほどだったと伝えられている。
現社殿は一部修復工事を施したものの往時のままで、正面左右の扉を開放すると社殿内を一巡することができ、当時のお百度詣りの様子をうかがい知ることができる。
なお、明治42年の「北の大火」で焼け残った御神木でつくられた神號額が、その旨の裏書とともに伝わっている。

水天宮・金刀比羅宮

御祭神:天乃御中主大神、安徳天皇、大物主大神、崇徳天皇、住吉大神、他二柱
御利益:安産、児童守護、交通安全、水関係職種の守護

当 水天宮はもともと寛政9年(1797年)6月に大阪中之島・久留米藩蔵屋敷内に祀られた社である。
明治維新に際し、蔵屋敷は朝廷に返上、水天宮の御神霊は丸亀藩蔵屋敷の金刀比羅宮に合祀された。しかし、丸亀藩蔵屋敷も返上することになったため、高松藩蔵屋敷の金刀比羅宮に遷され、その後、堂島中二丁目に遷座された。さらに明治42年の「北の大火」で社殿が被災したため当地に遷され、露 天神社の境内社として斎祀されるようになった。
明治天皇御誕生の際、孝明天皇が御安産を御祈誓、無事御降誕の後、当水天宮(久留米藩蔵屋敷内)へ鳥の子餅を御奉納されたと伝えられている。
また、金刀比羅宮は江戸時代、中之島にあった高松藩、丸亀藩両蔵屋敷の中にそれぞれ祀られ、霊験あらたかと毎月縁日には参詣人が群れをなしたと伝えられている。
当時大阪では毎月十日が金刀比羅巡りの日とされ、土佐堀川常安橋北詰西の高松蔵の金刀比羅様と上町空堀の遥拝所、千日前法善寺の金刀比羅様は特に賑わったという。
明治期以降の変遷は「水天宮」と同じ。
明治42年「北の大火」によって近在各地に祀られていた四社の稲荷社が烏有に帰した。翌明治43年に当社境内地に四社を合祀し御奉斎申し上げた。
古くは皮膚病の治癒を願って「鯰」の絵馬が多数掛けられ、お百度を踏む人々で混みあうほどだったと伝えられている。
現社殿は一部修復工事を施したものの往時のままで、正面左右の扉を開放すると社殿内を一巡することができ、当時のお百度詣りの様子をうかがい知ることができる。
なお、明治42年の「北の大火」で焼け残った御神木でつくられた神號額が、その旨の裏書とともに伝わっている。

御朱印頂きました

ランチタイムは書置きになる可能性もあるので避けたほうが良いです!御朱印と一緒にお洒落場画が入った和紙がいただけます。

御朱印授与時間: 10:00-17:00
初稲料: 各300円

これから大阪開拓して御朱印いただきます★